東京地方裁判所 平成5年(モ)9894号・平5年(モ)9861号・平5年(モ)9814号・平5年(モ)9813号・平5年(モ)9862号・平5年(モ)20074号・平5年(モ)20072号・平5年(モ)20073号・平5年(モ)20882号・平5年(モ)9863号・平5年(モ)9812号 決定
主文
一 原告に対し、平成五年(ワ)第一四八九五号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として、この決定の確定した日から一四日以内に、それぞれ左記の金員を供託することを命ずる。
1 被告森田暁、同齋藤洋、同奥村正巳、同吉野幸雄、同増田利男、同春日俊六、同石塚昭二郎、同末永貞二、同北野堅、同春日登、同高橋信亮、同戸塚武、同羽賀國人及び同酒井安正に対する訴状請求原因事実第四の三に基づく請求について、それぞれ金一〇〇〇万円。
2 被告森田暁、同奥村正巳、同吉野幸雄、同増田利男、同春日俊六、同石塚昭二郎、同末永貞二、同北野堅、同春日登、同高橋信亮、同戸塚武、同羽賀國人及び同酒井安正に対する訴状請求原因事実第四の五の2、5に基づく請求について、それぞれ金三〇〇万円。
3 被告岡田英夫、同関浩一、同白子繁、同秋葉晋、同加藤澄一、同齊藤展世、同村上一宇及び同岩谷忠也に対する訴状請求原因事実第四の五の2、5に基づく請求について、それぞれ金五〇〇万円。
4 被告相場信夫に対する訴状請求原因事実第四の五の2、5に基づく請求について、金八〇〇万円。
5 被告齋藤洋に対する訴状請求原因事実第四の五に基づく請求について、金一〇〇〇万円。
6 被告酒井安正に対する訴状請求原因事実第四の二に基づく請求について、金一〇〇〇万円。
7 被告田村信義、同渡邉晧一及び同小関信昭に対する訴状請求原因事実第四の五の1の(二)、同2、5に基づく請求について、被告ごとにそれぞれ金六〇〇万円。
二 被告濱嶋健三の申立て及びその余の被告らのその余の申立てを却下する。
理由
第一 申立の趣旨
原告は、平成五年(ワ)第一四八九五号株主代表訴訟事件について、被告森田暁、同齋藤洋、同奥村正巳、同吉野幸雄、同増田利男、同春日俊六、同石塚昭二郎、同末永貞二、同北野堅、同春日登、同高橋信亮、同戸塚武、同羽賀國人、同酒井安正、同濱嶋健三、同岡田英夫、同関浩一、同白子繁、同秋葉晋、同加藤澄一、同齊藤展世、同村上一宇、同田村信義、同渡邉晧一、同小関信昭、同岩谷忠也、同相場信夫に対し、相当の担保を提供せよ。
第二 事案の概要
一 本件本案訴訟の概要
本件本案訴訟は、小谷光浩の主催する光進等の仕手グループの利益のために蛇の目ミシン工業株式会社の資産を提供するなどして同社に損害を与えたとして、株主である原告が、被告らに対し同社の取締役または監査役としての責任を追及する株主代表訴訟である。その請求の趣旨及び請求原因は別紙のとおりであるが、各請求原因事実の骨子は次のとおりである。
1 小谷による三〇〇億円の恐喝被害
小谷は、蛇の目ミシン株式の買取りを約束した被告森田作成の念書とともに右株式を暴力団に売却し、その取消に三〇〇億円が必要であるとして、被告森田らを脅迫し、その結果、平成元年八月、三〇〇億円が埼玉銀行系列のノンバンクである株式会社首都圏リースから株式会社ジェー・シー・エルに貸し付けられた上、株式会社ナナトミを介して光進に交付された。右首都圏リースとジェー・シー・エルの貸借につき、蛇の目ミシンが保証人になるとともに所有物件に抵当権を設定した。
2 光進のミヒロに対する債務の肩代わり
小谷は、蛇の目ミシン株式の買占め資金をミヒロフェイナンス株式会社から借り入れていたが、平成元年九月、ジェー・シー・エル及び蛇の目不動産株式会社が右借入のうち各三〇〇億円の債務引受をし、平成二年三月これがジェー・シー・エルの六〇〇億円の債務として一本化された後、平成四年一月、蛇の目ミシンが債務等を引き受け、和解金として三四〇億円を支払った。
3 東亜ファイナンスに対する担保提供
旧埼玉銀行系列のノンバンクである東亜ファイナンス株式会社が光進に二五〇億円を貸し付けていたが、平成二年六月一四日、蛇の目ミシンの関連会社であるニューホームクレジット株式会社が右債務を引き受け、蛇の目不動産が担保提供をした。ニューホームクレジットには右債務を弁済する資力はなく、蛇の目不動産ひいてはその一〇〇%株主である蛇の目ミシンがこれを負担することになり、同額の損害を被ることが明らかであったが、右担保提供等は小谷らの利益を図り、かつ、旧埼玉銀行の債務回収の利益を優先したものである。
4 日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する担保提供
平成二年六月一四日、ジェー・シー・エルが小谷の日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する三九〇億円の債務を肩代わりし、蛇の目ミシンの小金井第二工場の土地建物に抵当権が設定された。そして、平成三年一二月蛇の目ミシンが右債務を引き受け、右不動産を処分して弁済に充てた結果、蛇の目ミシンは二三五億円の損害を受けた。
5 その他(一)
(1) 旧埼玉銀行及び三井信託銀行の株式会社ケー・エス・ジー(光進の子会社)に対する合計一二〇億円の貸付について、平成二年五月二五日、蛇の目ミシンが担保提供した。
(2) 光進が地銀生保住宅ローンから合計一〇〇億円を借り受けるに際し、株式会社ユーコムを介在させ、ユーコムの債務を蛇の目ミシンが保証するなどし、平成二年二月二八日及び同年六月一四日、これに関して合計四五億円を支払った。
(3) 平成二年六月一四日、ナナトミが地銀生保住宅ローン及び三井リースから合計九〇億円を借り受けるに際し、ユーコムを介在させ、ユーコムの債務を蛇の目ミシンが保証するなどした。
6 その他(二)
(1) 室町ファイナンス及び三信ファイナンスからケー・エス・ジーが合計五〇億円を借り受けるに際し、ユーコムを介在させ、平成二年九月二八日、ユーコムの債務を蛇の目ミシンが保証するとともに、担保提供した。
(2) 蛇の目ミシンは、平成二年一〇月一日及び同月三一日、返済の見込みもなく、ニューホームクレジットを経由してナナトミに合計九〇億円を融資した。
なお、関係被告は、右1、3、5が被告森田、奥村、吉野、増田、春日俊六、石塚、末永、北野、春日登、高橋、戸塚、羽賀及び酒井であり、右2、4が被告相場を除く被告ら、右6が被告濱嶋を除く被告らである。
二 申立人(被告)らの主張
被告らの主張は、多岐にわたるが、その要旨は次のとおりである。
1 悪意の意義等について
(被告北野ほか六名)
代表訴訟の担保提供制度にいう「悪意」とは、濫訴提起者の主観的意思を意味する包括的な概念であって、本案請求権が成立しないことを知りながらあえて訴訟提起をする意思がその中に含まれることはもちろんであるが、それに尽きるものではなく、本案請求権の成否について相当な調査検討を経ないままに軽々に訴訟提起に踏切る場合の意思や、報復・図利・加害等、株主としての正当な利益を守るためといえない不当な目的の下に訴訟提起をする意思もまた「悪意」のうちに含まれると解すべきである。株主は純粋に会社自身の利益のために訴訟提起をする義務があり、右以外の不当な目的の下に行う代表訴訟の提起は濫訴に該当するから、その場合は、たとえ訴訟提起時に本案請求権の成否が不明または原告の不当訴訟の故意過失が客観的に明らかでないときであっても、「悪意」があるというべきである。
(被告末永ほか一四名)
濫訴防止という代表訴訟における担保提供の制度の趣旨からすれば、「悪意」は、不当訴訟における故意と同一のものではなく、これを含むが、それ以上に広い概念であると解すべきである。原告が本案請求権が存在しないことを確定的に認識していた場合はもちろん、本案請求権が存在しないにもかかわらず過失によって存在すると誤認して代表訴訟を提起した場合も、これに該当し得る。そして、担保提供申立事件においても、原告は本案請求権の存在について可能な限り疎明すべきであり、本案請求権が存在しないことについての疎明責任を被告に負わせるべきではない。また、株主の代表訴訟は法が特に株主に第三者の訴訟担当として訴えを提起する権能を認めたものであるから、株主は純粋に会社自身の利益回復を目的として会社のために訴訟提起をなす義務があり、報復・図利・加害、ゆさぶり等の不当な目的の下に代表訴訟を提起することは、本案請求権の存否が不明であっても、悪意があるというべきである。
(被告濱嶋、同岡田)
株主代表訴訟は、制度本来の趣旨を逸脱した目的に濫用されるおそれを内包するものであり、これが濫用される場合には、取締役、監査役に回復し難い重大な損害を被らせ、ひいては、役員の適切な業務執行、会社の正常な運営に支障をもたらすことが予想されるため、このような事態を未然に防止する必要上担保提供の制度が設けられている。この点に鑑みると、総会屋等による会社荒らし等、濫用目的で提訴している場合にこそ担保提供制度が実効をあげなければならず、右濫用目的が明白である場合には、通常、役員に対する請求に理由がないと認められる蓋然性が高いということができるから、濫用目的が十分に疎明された場合には、役員に責任がないことの疎明は不要であるか、あるいは、ごくわずかな疎明で足りると解すべきである。
2 本件における悪意の有無
(一) 本件訴訟提起の目的等に関する主張
(1) 本件本案訴訟の意図・目的
原告の本件本案訴訟提起には、旧埼玉銀行及び同行出身取締役に対する個人的反感、責任転嫁、蛇の目ミシンの経営再建に参加しようという個人的野望、訴訟提起自体によるセンセーショナルな効果の期待等、代表訴訟の目的から逸脱した個人的な格別の意図がある。
原告は本件本案訴訟の目的が銀行の責任を追及するものである旨明言しているにもかかわらず、既に提起されていた別件原告乙川正夫らの代表訴訟に参加するのではなく、被告らに対して訴えを提起したのは、蛇の目ミシンのプロパー役員を争訟に巻き込むことによって役員及び会社を困惑させることのみが目的であり、明らかに被告らに対する悪意に出たものである。
(2) 原告の訴訟追行の適格性等
原告は、昭和六二年六月、蛇の目ミシンの取締役に就任し、平成元年六月までその地位にあった。また、昭和六三年一〇月から蛇の目ミシンの関連会社である株式会社ジェー・シー・エルの専務取締役、平成二年六月から平成三年六月まで同社取締役副社長の各地位にあった。ジェー・シー・エルは、小谷による三〇〇億円恐喝の際蛇の目ミシンから光進への資金の流れに重要な役割を担い、光進のミヒロファイナンスに対する六〇〇億円の債務の肩代わり及び同債務の蛇の目ミシンの承継、日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する担保提供の際の三九〇億円の債権債務の付け替えの場面でも、蛇の目ミシンと一体となって重要な役割を果たしている。
ところが、原告は、蛇の目ミシンの取締役として当時の取締役会等において異議を述べたこともなく、ジェー・シー・エルの取締役としても蛇の目ミシンの経営方針に呼応してジェー・シー・エルを運営している。蛇の目ミシンの当時の取締役が原告主張の責任を負うとすれば、原告もまた、ジェー・シー・エルに対して同様な責任を負う立場にあるにもかかわらず、原告より関与の程度が低い被告らも含めて被告らの責任を問おうとするのは身勝手であり、正義の観念に著しく反し、原告は代表訴訟を追行する適格性を欠いている。右のように事情に通じていた原告が、監査役である被告羽賀、同酒井に対し、事実の通知も資料の提供もしないでおいて、違法行為を是正しなかったのは監査役の義務違反であるとして訴訟提起するのは、信義則に違反する。また、原告は自己がジェー・シー・エルの取締役として知り得た秘密、情報を利用して代表訴訟を提起しており、この面からも悪意がある。
(3) 訴訟提起に至る経緯から推認される不当な目的
(イ) 原告は平成四年六月ころから「蛇の目再建同志会」代表を名乗って、支店長等に接触し、現経営陣の方針を非難し、再建同志会やその同調者が経営の中枢を占めるべきであると主張していたところ、同年九月ころには蛇の目ミシン「経営刷新委員会」なるものを提唱し、自らその委員の中心になるという内容の陳述書を大蔵省に提出し、関係者にも配布していた。原告は自らを蛇の目ミシンの経営の中枢におくことを求めたが、拒否されたため、これに報復するため、あるいは、正当な機関・手続によることなく会社経営の実権を握ることなどの不当な目的をさらに追及するために、本件訴えを提起したものである。
(ロ) 原告は、平成五年七月七日蛇の目ミシンの取締役に対し「被告選定判定会のご案内」なる書面を送付し、同年七月三一日に「代表訴訟の被告としての適格性について判定する機会」を設け、欠席の場合は代表訴訟において被告となることを了解したものとみなし、当然被告とする旨通知した。原告は、右判定会に出席して原告に同調すれば本件代表訴訟の被告とせず、原告による査問に応じない役員らを被告としようとしたものであるとともに、被告らの中に責任のない者が含まれていることを認識していたことを示すものである。右書面の送付を受けなかった被告岩谷、同相場を除き、被告らは右査問に応じなかったために一律機械的に訴訟を提起されたものであるから、原告の本件本案訴訟提起は、請求権の存否をまったく度外視した恣意的・報復的なものとして、悪意がある。
(ハ) 原告は、蛇の目ミシンの一〇〇%子会社で体型補正下着類を販売する株式会社フィットバランスの代表取締役をしていたが、原告の放漫経営から多額の欠損を抱えるに至ったため、蛇の目ミシンは体型補正下着事業から撤退することになり、その保有する同社株式を原告に引き取らせるとともに、原告と蛇の目ミシンとの顧問契約も解約された。また、原告の関係する株式会社ラ・ボーテが蛇の目ミシングループの一員であるかのような虚偽の求人広告を出して、蛇の目ミシンが抗議したこともあった。原告の目的は、蛇の目のブランドイメージを利用して体型補正下着を販売することにあったが、それが駄目になったため、原告との関係打ち切りを決定した被告末永ほかの現経営陣に私怨を抱き、本件本案訴訟を提起したものである。
(二) 責任原因の内容に関連する主張
以下のように、被告らには取締役、監査役としての任務違背等が認められず、原告はそのことを知りながら本件本案訴訟を提起したものであるから、悪意がある。
(1) 被告小谷による大量の株式買い占め、経営参加の要求及び暴力団介入の脅迫という未曾有の異常事態に対し、被告ら当時の蛇の目ミシンの経営陣は、会社の社会的信用の保持が最も重要であるとの認識の下に、これを傷つけることのないよう配慮し、最善と思われる選択を行ってきた。本件本案請求は、会社が当時置かれていた困難な状況を無視して単に結果だけを論じ、被告らが具体的にどのような注意義務違反をしたのかを全く明らかにしておらず、請求原因の主張として不十分であり、これを立証することなど到底期待し難い。被告森田らが、旧埼玉銀行の利益目的達成のため送り込まれ、同銀行の意向を受けてその利益を図るため行動し、他の取締役も易々としてこれに従ったという原告の主張は、上場会社においてはおよそあり得ない非現実的、独断的憶測を前提とするものであり、このような荒唐無稽な主張に基づいて損害賠償請求訴訟を提起することは、原告が被告らに対して悪意を有しているとしかいいようがない(被告森田、同齋藤洋、同春日俊六)。
小谷問題についての処理は、小谷の持つ株式を取り戻してその支配を脱するため、企業防衛上とった措置で、仕手グループとの熾烈な闘いにおける高度な政治判断に基づく経営処理であり、違法行為ではない(被告末永ほか一四名)。
(2) 被告奥村ら蛇の目ミシンのプロパー役員は、一連の株式問題の対策・処理については、その権限・職掌上直接これに関与することはなく、専ら本業における各自の担当部門の発展のため精勤してきた。株式問題については、取締役会に提出された議題と資料により、一取締役として、その時々の事情の下でメインバンクや大株主の意向も考慮しつつ、メインバンクから派遣された担当上司の方針等を審議し、会社のために最善と信じて合理的な経営判断を行ってきたもので、善管注意義務・忠実義務を尽くしたものであるから、責任を負わない。原告は、こうした事情を十分知っていたのであるから、悪意がある(被告奥村、同吉野、同増田、同石塚。被告末永ほか一四名も同旨)。
(3) 被告末永、同春日登、同高橋、同戸塚、同関、同加藤、同白子、同秋葉、同齊藤展世、同村上、同田村、同渡辺、同小関、同岩谷及び同相場の各責任原因に関する原告の主張は、被告らがどのように行動すべきだったかを具体的に明らかにしていないなど、注意義務の内容が不明確であり、各被告ごとにそれぞれの分掌していた職務や株式問題について負担していた職務上の義務の具体的内容とその履行状況など被告適格を判断する上で不可欠な法的検討を全く行わず、請求原因事実の具体的検討やその立証可能性の検討を全く経ないままに代表訴訟を提起している。
三〇〇億円の恐喝については、取締役会では単にジェー・シー・エルの業績拡大のために首都圏リースから融資を受けてナナトミにそのまま融資するについて蛇の目ミシンが保証するという説明がなされただけであり、被告末永、同春日登、同高橋、同戸塚が取締役として関与したその他の問題についても、蛇の目ミシンの取締役会での議題となった限りでは、何ら問題となるようなものはなく、銀行派遣の取締役の判断を尊重するのが妥当と考えられたものである。
東亜ファイナンスに対する担保提供の問題は、蛇の目ミシンの取締役会の議題となったことはない。
原告が被告らの責任原因として主張する一連の債務負担等の行為は、平成二年六月一四日までにすべて終了しているから、取締役就任時期が平成三年六月である被告田村、同渡辺、同小関についてはもちろん、平成二年六月二八日に取締役または監査役に就任した被告関、同加藤、同白子、同秋葉、同齊藤展世、同村上、同岩谷及び同相場についても、責任を問われる根拠が全くない。光進のミヒロファイナンスに対する債務の肩代わりの後始末として平成四年一月になされた訴訟上の和解による蛇の目ミシンの債務引受、日本リース(ジャンパン・エル・シー・ファイナンス)に対する担保提供の後始末としてなされた小金井工場の売却は、担当取締役の判断を尊重し、ジェー・シー・エルの特別清算を進める必要性があると考えて賛成したもので、取締役として責められるべき点はない。平成二年一〇月に合計九〇億円をニューホームクレジット経由でナナトミに融資した件も、国際航業の株式を担保にとっており、問題視すべき状況は見当たらなかったのであって、善管注意義務・忠実義務に違反する点はない。
(4) 上場企業では一般に取締役の社内的責任が明確に分掌されており、さらに取締役は平取締役・業務担当取締役・代表取締役と分れ、取締役会のほかに常務会という業務執行を決定する機関があり、取締役会への上程事項について常務会で事前に実質的な審議がなされることが通例であって、蛇の目ミシンでも同様の体制がとられている。単なる平取締役の場合には、取締役会で公式に提供される資料に基づいて違法な業務執行がないかどうかをチェックすれば、原則として取締役としての職務上の注意義務を尽くしているものと解すべきである。
被告北野は、昭和六二年六月取締役に就任後も営業部長として蛇の目ミシンの営業実務の統轄業務に専念し、昭和六三年五月から平成二年三月までは東京都小金井市にある蛇の目ミシン小金井工場の工場長として、同地でその職務に従事していた。工場長に就任していた期間は、基本的に月一回の取締役会に出席するときだけ本社を訪れるだけで、取締役会の際に提供される資料以外には株式問題をめぐる諸事情については全く知りうる立場になかった。したがって、三〇〇億円の恐喝事件、ジェー・シー・エルの借入に対する蛇の目ミシンの本社土地建物の担保提供行為について同社の業務支援の目的以外に他の特別な事情があることを知る余地はなかった。
被告北野と種々の交流のあった原告が右のような事情を知らないはずはなく、原告が被告北野に対し平成四年一〇月ころ「ジャノメ再建同志会」なる組織の設置に参画するよう再三働き掛けてきたことも、原告が被告北野に責任がないことを認識していたことを示している。また、被告北野らが職務上の義務違反がないことを具体的事実をあげて主張したのに対し、原告は「被告北野の善管注意義務違反等の事由がないことを知らない」などと答弁しており、本案請求権の成否について相当な調査・検討を経ないまま、すなわち右請求原因事実の立証ができるかどうか不明のまま、単に取締役であったという形式的事実のみに基づいて極めて軽率に訴えを提起したものであることを自白しているも同然である。このような探索的な訴訟提起は悪意に基づく濫訴以外の何ものでもない。したがって、原告の被告北野に対する本件本案訴訟提起には悪意がある。
(5) 被告酒井、同羽賀は、監査役として、小谷の関係する事案について、取締役会の際に提起される業務資料以外には何らの情報も与えられておらず、取締役に法令または定款違反があることを窺わせる特別の事情を知ることも不可能であった。このことはジェー・シー・エルの役員であった原告も熟知しているところである。被告酒井に対し、訴え提起前に本件代表訴訟への賛同を求めてきたことは、原告が同被告に責任がないことを認識していたことを示しており、また、原告が「被告酒井の無責任なることを知らない」、「被告羽賀が監査役の義務を尽くしていたという事実を知らない」などと答弁していることは、本案請求原因事実の立証ができるかどうか不明のまま、単に監査役であったという形式的事実のみに基づいて極めて軽率に訴えを提起したものであることを自白しているも同然である。
被告酒井に対する訴え提起が、本案請求権の成否について相当な調査・検討を経ない、いい加減なものであるかは、平成元年七月三〇日のミヒロに対するジェー・シー・エルの債務六〇〇億円の肩代わりについても、同被告の監査役としての責任を追及しているところからも明らかである(被告酒井に対して右責任を追及していることは、その請求額から明らかである)。すなわち、右債務の肩代わりは、原告の主張によれば常務以上の決定とされ、ジェー・シー・エルとニューホームクレジット株式会社によるもので、蛇の目ミシンの保証や担保提供等は存在しないから、被告酒井には事前に監査する余地はなく、その後の債務引受は、退任後の決定であるから関与の余地がない。訴状記載の請求原因において、被告酒井は右の件についての有責者に加えられていない。
(6) 原告は、東亜ファイナンスに対する担保提供による損害として、二五〇億円の損害賠償を求めているが、これはニューホームクレジットによる債務引受及び蛇の目不動産株式会社による物的担保の提供であって、蛇の目ミシン自身には何らの債務負担等の行為もない。したがって、右の件につき蛇の目ミシンの取締役会の決定はなく、株式問題に直接の関与をしていなかった被告北野に責任が生じる余地はなく、また、被告酒井、同羽賀にも、右取引を事前に監査し、何らかの是正措置を講じる余地はなかったし、右の件により蛇の目ミシンに損害が生じることもない。
(7) ニューホームクレジットのナナトミに対する九〇億円の貸付が回収不能になったとされ、損害賠償請求の対象とされているが、右融資については、十分な価値を有する担保として国際航業株式が差し入れられており、当初から損害とは評価できなかったばかりでなく、平成三年三月に公開買付けの方法によりなされた右担保の実行により既に回収済みである。原告は右担保の存在を知っていたし、公開買付けについても、蛇の目ミシンの取締役であった妹尾清二から原告に通知されている。
(8) 被告岡田は平成二年六月、被告濱嶋は平成三年六月に蛇の目ミシンの取締役に就任したものであり、光進のミヒロファイナンスに対する債務の肩代わりの問題は、右就任前に実質的な債務負担が蛇の目ミシンの関連会社により行われているのであって、それらの行為について同人らの責任を追及する余地はなく、右被告らの就任後に行われた蛇の目ミシンの債務引受は、単に債務の主体を形式的に変更し、債務額を減少させたものにすぎない。のみならず、蛇の目ミシンの債務引受は、ミヒロファイナンスとの間の訴訟を早期解決することによって、蛇の目ミシンが本業に専念し信用不安を排除するという点からも、ジェー・シー・エルの特別清算を平成四年三月までに終了させて約一〇〇億円の節税を図るという点からも、十分な必要性と合理性を有するものであった。蛇の目ミシンでは、平成元年一月から株式問題解決のため弁護団が結成され、平成三年九月ころには株式問題に関する重要な事項について取締役会及び常務会からの諮問を受けるための株式問題処理実行委員会が社内に組織されていたが、右問題についても、常に複数の弁護士に相談し、右委員会に対する諮問を経て、公正かつ慎重に判断されたものである。
また、日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する担保提供についても、蛇の目ミシンの保証に関する取締役会の決議が行われたのは、被告濱嶋の取締役就任前、被告岡田の取締役就任後赴任前であり、小金井第二工場への抵当権の設定も被告濱嶋の取締役就任前のことである。原告は、ジェー・シー・エルの役員として、少なくとも右事実の概要は知っていたはずである。その後、小金井第二工場を売却して債務の弁済に充てたことも、抵当権実行による信用不安を回避し、より有利な任意売却を選んだもので、合理的な判断である。
(9) 平成二年九月二八日にケー・エス・ジーがユーコムを通じて室町ファイナンス及び三信ファイナンスから合計五〇億円を借り入れた事実はなく、蛇の目ミシンが平成二年五月及び六月に借り入れてニューホームクレジットを通じケー・エス・ジーに融資していたのを、借入主体を蛇の目ミシンからユーコムに変更し、蛇の目ミシンが保証して担保を提供する形にしたものにすぎず、蛇の目ミシンに実質的な損害を与えるものではないから、被告岡田に善管注意義務・忠実義務違反はない。
(10) 原告の被告岡田及び同濱嶋に対する本件本案訴訟の請求のうち、光進のミヒロファイナンスに対する債務の肩代わりにかかる損害賠償請求、ジャパン・エル・シーファイナンスに対する担保提供にかかる損害賠償請求については、既に、当庁平成五年(ワ)第一四三三〇号株主代表訴訟事件において請求されており、右訴訟の請求額の範囲で二重起訴にあたるにもかかわらず、そのことを熟知している原告が、本件本案訴訟を提起・維持するのは悪意があるといい得る。
3 被告らの損害及び担保の額について
本件本案訴訟を提起されたことで、被告らは、多くの時間と労力及び交通費、通信費、資料収集のための出費をし、弁護士費用もかなりの額にのぼり、今後もこれらを継続しなければならない。また、本件本案訴訟がひろく報道されたことで社会的信用を害され、再就職等にも支障があり、多額の損害賠償を請求される被告の地位に立たされたことの精神的苦痛は計り知れないもので、精神的損害も重大である。
右のように被告らの損害は甚大であり、少なくとも各被告に対する請求額の0.1パーセントの金額(被告末永、同春日登、同高橋、同戸塚、同関、同加藤、同白子、同秋葉、同齊藤展世、同村上、同田村、同渡辺、同小関、同岩谷、同相場、同北野、同羽賀、同酒井)、あるいは一億円を下らない金額(被告濱嶋、同岡田)の担保提供が命じられるべきである。
三 被申立人(原告)の反論
1 悪意の意義について
商法二六七条六項の担保提供制度による担保が、不当訴訟による不法行為により被告に生じるべき損害賠償請求権を被担保債権とするものであることからすれば、同条四項にいう「悪意」とは、故意による不当訴訟の提起の場合の意思をいい、訴の提起が「悪意ニ出タルモノ」とは、損害賠償請求に理由がなく、かつ、原告がそのことを知っているにもかかわらず、あえて訴えを提起する場合をいうと解される。請求に理由があるか否かは本案における争点であり、担保提供の申立手続でこれを審理することは制度の趣旨に反するから、一見して理由がなく、かつ、原告が理由がないことを知っている場合、または、請求に理由がないことが疎明され、かつ、原告が理由がないことを知っていた場合に限り、担保提供を認めるべきである。相手を困惑させる目的、売名行為、自己の利益の追及等の原告の被告に対する加害の意思は、訴権の濫用による訴え却下を問題にすれば足り、そのような意思のみでは不法行為は成立しないから、「悪意」とは無関係である。
原告は、訴状記載の主張事実を立証可能であると信じており、各被告に責任のないことを知らないから右のような悪意はない。
2 本件本案訴訟提起の目的等に関する反論
(一) 被告主張の時期に原告はジェー・シー・エルの取締役の地位にあったが、訴状記載の債務負担行為又は担保提供行為は蛇の目ミシン主導で行われたもので原告は阻止する立場になかった。
(二) 被告判定選定会は被告らの言い分を聞き、真実を究明し、責任の所在と濃淡を明確にするために行ったものである。
(三) フィットバランスの問題は円満に解決し、原告は被告らに対し何らの私怨も抱いていない。
3 責任原因の内容に関連する反論
原告が被告らの責任原因として主張する事実の発生した時期、被告らはいずれも取締役または監査役の地位にあり、問題となる債務負担行為等の取締役会議に賛成するなど、訴状記載の事実により有責となるのであって、取締役会での個々の取締役の行動は、現時点で原告は知る由もなく、審理の過程で明らかにされるべきものである。原告は、蛇の目ミシンに対して再三、取締役会議事録の閲覧を請求したが蛇の目ミシンはこれを拒否している。それにもかかわらず、被告らの関与の具体的態様を明らかにするよう求めるのは不当である。
第三 当裁判所の判断
一 悪意の意義等について
1 商法二六七条五項、六項、同法一〇六条二項は、株主代表訴訟において、被告が、原告の訴えの提起が「悪意ニ出タルモノ」であることを疎明したときは、裁判所は担保の提供を命ずることができる旨を規定する。「悪意ニ出タ」とはどのような場合を指すのか、文理上一義的に明らかであるといえないのであって、その解釈にあたっては、「悪意」という文言のほか株主代表訴訟と担保提供制度の趣旨、提供される担保の目的、悪意認定の手続上の制約等を念頭に置きつつ、代表訴訟の濫用を抑制し取締役等を不当な訴え提起から保護するという担保提供制度の趣旨が活かされるとともに、株主の監督是正権の発動としての代表訴訟が不当な制度を受けることなくその機能を発揮し得るように、バランスのとれた考え方をする必要があると思われる。
2 担保提供命令により提供される担保が、代表訴訟の提起が不当訴訟として不法行為を構成する場合に被告が取得する損害賠償請求権を担保するものであることから考えると、「悪意」を不当訴訟の成立要件と関連する認識、意思としてとらえることは自然であろう。また、不当訴訟となる可能性が高い場合には、そうした代表訴訟の提起は、会社に利益をもたらさないものであるだけでなく、取締役等に対して不当に応訴の負担を負わせ、ひいて会社の業務執行等にも好ましくない影響を及ぼし得るものであるから、このような場合に担保の提供を命じることが代表訴訟の提起に対して抑制的に働くとしても、そのことは代表訴訟の機能を不当に制限するものではなく、担保提供制度の趣旨に適うものとして合理的であるということができる。
ところで、訴えの提起が不法行為となり得るのは、提訴者がその訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提訴したなど、裁判制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠く場合に限られる(最高裁昭和六三年一月二六日判決・民集四二巻一号一頁)。原告は、担保提供を命じ得るのは、提訴者において、その提訴にかかる請求が理由のないものであること(右判例の表現に引き直せば、その主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであること)を認識していることの疎明があった場合に限られる旨主張する。しかし、担保提供が右の場合に限られるとすれば、過失による不当訴訟の場合を一切除外することとなって妥当ではない。担保の提供は、将来被告が損害賠償請求権を取得する可能性に備えたものにすぎず、また、通常は訴訟の初期の段階で、疎明に基づいて命じられるものであることも考慮すると、右の認識の疎明は必ずしも要求すべきではなく、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合等に、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められるときは、「悪意」に基づく提訴として担保提供を命じ得ると解するのが相当である。けだし、右の場合には、不当訴訟となる可能性が高く、かつ、その重要な要素たるべき事実を認識しつつあえて提訴する主観的態様は十分に「悪意」と評価し得るものだからである。もっとも、請求の認容の可能性あるいは請求原因事実・抗弁事実の立証可能性に関する判断は、いわば本案の審理・判断を先取りするものとなるから、担保提供命令申立事件の手続において疎明により右可能性の存否を判断するについては、慎重たらざるを得ない面があろう。
なお、代表訴訟の提起が手続上明白に違法である場合も、そのことを認識しながらあえて訴えを提起したときは、応訴について被告に相当の負担を負わせることがあり、不当訴訟が成立する可能性があるから、担保提供を命じてよい場合があり得ると考えられる。
3 提供される担保の目的が不当訴訟に基づく損害賠償請求権を担保することにあるという点から出発する、右のような「悪意」の解釈は、しかし、株主代表訴訟における担保提供制度のすべてを説明するものではない。右制度は、もともと、株主権を濫用し、不当な利益を得る目的で代表訴訟を利用する、いわゆる会社荒らしに対処するために設けられたものであり、提訴者が代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的を有する場合には、当該訴えの提起が訴権の濫用として不適法となるかどうかという問題とは別に、担保の提供を命じ得るものと解すべきである。そして、右のような、正当な株主権の行使と相容れない不法不当な目的に基づく訴え提起については、それ自体として会社制度の健全な運営に対し有害であって抑制されるべきものであるから、不当訴訟の具体的な可能性についての疎明がない場合でも、その一般的な可能性に備えるものとして(右のような訴え提起は、目的の不当性に加えて、請求の成否自体は必ずしも問題にしないところからも、不当訴訟となる一般的可能性は高いといってよかろう)、担保提供を命ずることができると考えるべきである。
ところで、代表訴訟は個々の株主に会社運営についての監督是正権の行使として会社の有する権利の行使を認めるものであるが、代表訴訟に勝訴することによって利益を得るのは会社であって、訴訟を提起した株主自身は、直接には何らの利益も得ることはない。それにもかかわらず代表訴訟を提起する株主には、純粋に株主としての利害意識や愛社精神だけではない、何らかの個人的な意図、目的、感情が働いている場合が、少なくないであろう。株主は純粋に会社のために訴えを提起すべきであり、それ以外の動機・目的があれば、常に不当な目的があるものとして担保提供命令の対象となるとするのは、代表訴訟によって株主の会社運営に対する監督是正機能が発揮されることを期待するという見地からは、いささか非現実的な嫌いがある考えのように思われる。また、他の動機・目的があったとしても、取締役等の責任が明らかにされ会社の被った損害の回復が図られるのであれば、代表訴訟の狙いとするところは達せられるという面もある。こうした点を考慮すると、担保提供の命令による抑制の対象とすべきなのは、前述のように、代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的を有する場合等、正当な株主権の行使と相容れない目的に基づく場合に限るべきであって(ただし、右目的の認定にあたっては、その性質上、原告の日頃の行状や提訴に至る経緯から推認することが許されるのはいうまでもない)、右対象を、訴えの提起に個人的な意図、目的、感情が伴っている場合一般に拡大することは相当ではない。ただし、それ自体として「悪意」に該当しない意図、目的等であっても、前記不当訴訟との関連における「悪意」を認定するについて、事情のひとつとなることはあり得よう。
4 なお、本件本案訴訟のように複数の被告に対する複数の請求が併合提起されている場合、担保提供の命令が被告ごとになされるべきは当然として、複数請求の関係でも、複数の訴えが併合されているのであるから、担保提供の要否及び提供すべき担保の額は、個々の請求ごとに判断するのが本則であろう。もっとも、不法不当な目的に基づく訴え提起の場合は、原則として、併合提起された全体の訴訟について「悪意」の有無を判断することになろうし、不当訴訟となる可能性が高い場合の「悪意」の有無は個々の請求ごとの判断になるであろうが、この場合でも、例えば一連の事実を基礎に複数の請求がなされているようなときは、総合的に担保提供の要否を判断するのを相当とすることがあり得よう。そして、そうした場合には、請求の関連性、「悪意」認定の理由等、諸般の事情を考慮して、複数の請求について一個の担保を命じることも許されると解すべきである。
二 本件における悪意の有無
以上を前提に、本件における悪意の有無について検討する。
1 本件本案訴訟提起の目的等について
(一) 原告に、旧埼玉銀行及び同行出身取締役に対する個人的反感や本件本案訴訟を提起することによって同行の責任を追及するという目的、あるいは本件本案訴訟提起によるセンセーショナルな効果の期待があったとしても、正当な株主権の行使と相容れない不法不当な動機・目的があるということはできないから、「悪意」があるとはいえない。
(二) 記録によれば、原告が、昭和六二年六月から平成元年六月まで蛇の目ミシンの取締役であったこと、昭和六三年一〇月から平成三年六月までジェー・シー・エルの取締役(初め専務、後に副社長)の地位にあって、小谷による三〇〇億円の恐喝の際の蛇の目ミシンから光進への資金の流れ、光進のミヒロファイナンスに対する六〇〇億円の債務の肩代わり及び同債務の蛇の目ミシンへの承継、日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する担保提供の際の三九〇億円の債権債務の付け替えに関与していたものと見られ、ジェー・シー・エルに対し取締役としての責任を問われる可能性があることが一応認められる。
しかし、提訴者が会社に対して損害賠償責任を負うべき立場にあるとしても、そのことは直ちに「悪意」の存在と結びつくものではないし(もっとも、本件における原告は、蛇の目ミシンに対して有責であると主張されているわけでもない)、原告がジェー・シー・エルの取締役として知り得た秘密、情報を利用して本件本案訴訟を提起したものであるとしても、訴え提起自体に不法不当な意図・目的があることになるわけではないから、やはり、「悪意」があるとすることはできない。また、本件本案訴訟において被告らの責任が認められたとしても、原告のジェー・シー・エルに対する責任が否定されることになるわけではないから、本件本案訴訟の提起を責任転嫁を目的とするものと評価することもできない。さらに、原告の訴訟追行適格性、信義則違反をいう点も、被告らは蛇の目ミシンに対する責任を問われているのであり、原告に対する責任が問題となっているのではないから、「クリーンハンドの原則」的なものを援用するのが適当かどうか疑問であるばかりでなく、少なくとも直接には「悪意」の問題であるとはいえない。
(三) 原告が、「蛇の目再建同志会」代表を名乗り、また「経営刷新委員会」の設立を提唱して自らをその中心に位置付け、関係方面に働きかけていたことなど、記録により一応認められる事実に照らせば、原告が蛇の目の経営に対する野心、意欲を有していたことが一応推認される。しかし、原告が蛇の目ミシンの元取締役、株主としてその再建に関心を持つことは異とするに足りず、経営に対する野心、意欲を有していたとしても、その実現の手段方法が不相当なものでない限り、何ら非難されるべきことではない(光進の株式問題に対する原告の関わり等からみて、原告が蛇の目ミシンの再建に当たることにつき大方の賛成が得られるかどうかはともかくとして)。原告が右のような提案や活動をしていたからといって、直ちに「正当な機関・手続によることなく会社の実権を握る」目的であったとは認められないし、まして本件本案訴訟が右目的追求の手段であると即断することはできない。
記録によれば、原告は、本件訴え提起に先立ち、被告らに対し、代表訴訟の被告としての適格性について判定するとして「被告選定判定会のご案内」なる書面を送付し、これに欠席の場合は代表訴訟において被告となることを了解されたものとみなし、当然被告とする旨通知したことが、一応認められる。しかし、右のような被告選定の方法をとったからといって、そのこと自体から直ちに、原告が被告らの中に責任のない者が含まれていることを認識しており、本件訴え提起が請求権の存否をまったく度外視した恣意的・報復的なものであると認定・評価することができるものではない。そうであるかどうかは、後記の責任原因の主張に対する検討を基本として、認定・評価すべきものである。「被告選定判定会」の点は、原告の悪意をそれ自体で認定する根拠になる事情とはいえない。
原告が経営していたフィットバランスを巡る蛇の目ミシンとの取引のてん末等から、原告が、契約打切りを決定した蛇の目ミシン経営陣に反感・恨み等の感情を抱いたということは考えられなくはない。しかし、本件訴え提起の動機がもっぱら右のような感情問題にあるということが疎明されているわけではなく、また、仮に右のような感情が本件訴え提起に何程か影響しているとしても、前述した考え方からすれば、そのこと自体で担保提供の理由とすることは相当ではない。
(四) 以上のとおり、本件本案訴訟提起の目的等において原告に「悪意」が認められるとする被告らの主張は、いずれも理由がない。
2 責任原因の内容に関連する主張について
(一) 本件本案請求の請求原因は、極めて大雑把にいうと、小谷の主宰する光進等の仕手グループの利益のために蛇の目ミシンが債務を負担したり担保を提供したりするなどして同社に損害を与えたという一連の事実について、同社の取締役または監査役であった被告らが自ら関与しあるいは他の取締役の行為に対する監視義務を怠ったなどとするものである。右請求原因は、かなりの程度概括的であり、そのため各被告の責任原因等の主張において、必ずしも十分には明確でない点も散見される。しかし、後に(二)において個々的に指摘する点を除けば、右主張の不十分さは、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があって主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がないというほどのものではなく、かつ、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があることなどの疎明もされていないというべきであって、「悪意」を認めるべき前提を欠く。
光進の株式問題の処理に当たった被告らの判断等が、企業防衛上やむを得ないものであったかどうか、蛇の目ミシンによる債務負担・担保提供等の処理が、実体上あるいは会社内部の手続上、合理性・相当性を有し被告らに善管注意義務・忠実義務違反がなかったといえるのかどうか等の点は、現段階で右主張の当否について一定の判断を示すに足りる疎明があるとは到底いえず、今後の双方の主張・立証をまって判断すべき事柄である。
また、被告らのうち蛇の目ミシンのプロパーの取締役らは、社内的権限・職掌上、一連の株式問題の対策・処理には直接関与せず、メインバンクから派遣されていたこの問題の担当役員(上司)から取締役会に提出された議題と資料によって問題を知り得るだけで、その限りでは違法な点等はなかったから、取締役としての職責に違反する点はなかった旨主張する。しかし、取締役には他の取締役の業務執行に対する監視義務もあって、取締役間の業務分担が各被告の責任にどのような影響を及ぼすかは一概にはいえないところであるから、この点についても、右と同様、本案における具体的事実関係の主張・立証を踏まえて判断するのを相当とし、「悪意」の根拠とすることはできない。
さらに、ミヒロに対する債務の肩代わりに関する被告関らの責任等につき、取締役・監査役としての在任期間との関係から、責任の根拠とされている蛇の目ミシンの債務負担行為等につき責任を負う余地がないとする主張については、一連の債務処理行為のうち、被告らの就任後になされた行為が会社の負担を実質的に増大させるものではなかったかどうかという点にも係るところがあるから、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があるとも、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるともいうことはできず、(二)に述べる点を除き、「悪意」の疎明があったものとして担保の提供を命じるのは相当ではない。
(二) 東亜ファイナンスの光進に対する二五〇億円の貸付について、平成二年六月一四日、ニューホームクレジットが債務引受をし、蛇の目不動産が担保提供をしたことに関して被告らの責任を追及する請求(訴状第四の三。関係被告は、被告森田、同齋藤洋、同奥村、同吉野、同増田、春日俊六、同石塚、同末永、同春日登、同高橋、同戸塚、同羽賀、同酒井)は、ニューホームクレジットには右債務を弁済する資力がなく、蛇の目不動産ひいてはその一〇〇%株主である蛇の目ミシンがこれを負担することになり、同額の損害を被ることが明らかであったと主張するものであるが、子会社が債務引受または担保提供をしたからといって、特段の事情がない限り、それによって親会社に引受額又は被担保債権額相当の損害が生じるものでないことは明らかであり、別個の損害を主張する余地はあるとしても、右のような主張に基づく請求は認容される見込みが著しく低いというべきである。また、右債務引受等が子会社の行為であるところから、蛇の目ミシンの取締役等の責任を認めるべき根拠については特に具体的主張がなければならないと考えられるが、右の件が蛇の目ミシンの取締役会で議決されたことなどの具体的な責任根拠についての主張はない(被告北野は取締役会の議決は存在しない旨主張しており、これを否定する資料はない)。そして、右の点は原告の主張の内容そのものに関することであるから、右のような事情を認識しつつあえて訴え提起をしたものとして、原則的に原告の悪意を推認してよい場合であると考えられる。
次に、蛇の目ミシンのナナトミに対する平成二年一〇月一日及び三一日の合計九〇億円の融資の件(訴状第四の五の2、5。関係被告は、被告森田、同齋藤洋、同奥村、同吉野、同増田、春日俊六、同石塚、同末永、同春日登、同高橋、同戸塚、同羽賀、同酒井、同岡田、同関、同加藤、同白子、同秋葉、同齊藤展世、同村上、同田村、同渡辺、同小関、同岩谷、同相場)については、担保として国際航業株式が差し入れられていたこと、右担保の実行により全額回収済みで蛇の目ミシンに損害は生じていないこと、そして、この事実は本件提訴以前に原告に通知されていたことが一応認められる(乙一五)。そうすると、右の件に関しては、抗弁が成立して請求が認容される見込みが極めて薄いことを認識しながらあえて提訴したものとして、原告の悪意を認定することが可能である。
最後に、被告齋藤洋に対しては訴状第四の五記載の各事実(前記「本件本案訴訟の概要」5、6の「その他」(一)、(二)の事実)について、被告酒井に対しては訴状第四の二のミヒロに対する債務の肩代わりについて、被告田村、同渡辺、同小関に対しては訴状第四の五の1(二)、2の各事実(前記「本件本案訴訟の概要」6の「その他」(二)の事実)について、右各被告に対する請求額からみると明らかに各事実に基づく請求を行っていると解されるにもかかわらず、各被告の責任原因についての主張を全くしていない。このような請求は、それが成り立ち得るかどうかも論ずる余地がないものであるから、請求が認容される見込みがないことを認識しつつあえて訴え提起をしたものとして、悪意があるものと認めるべきである(このような訴状については、補正を命じ、補正がないときに訴状を却下すれば足りるとの見解もあり得ようが、この場合も被告にそれなりの応訴の負担は生じ、かつ、こうした杜撰な訴状による訴え提起は不当訴訟となる可能性があるから、右のような民事訴訟手続上の措置がとり得るからといって、担保提供の申出の対象外とすることは相当でない)。
(三) 被告岡田及び同濱嶋は、ミヒロファイナンスに対する債務の肩代わり及びジャパン・エル・シーファイナンスに対する担保提供について、本件本案訴訟の請求は二重起訴になるから悪意があると主張するが、同一の請求について先行する代表訴訟が係属している場合、新たな提訴が二重起訴として不適法となるかどうかについては学説上争いもあり、不適法な訴訟をあえて提起したとまでみることはできないから、右事情の故に原告に悪意があるとすることは相当でない。
3 その他の被告らの主張・疎明を考慮しても、右2の(二)に指摘したもの以外に担保提供を命じるのを相当とするだけの事由は認められない。
三 担保の額について
1 担保の額の決定基準について
提訴者の悪意が認められた場合に提供を命じるべき担保の額を決定するについては、右担保は提訴が不法行為を構成する場合に被告が取得する損害賠償請求権を被担保債権とするものであることから、被告が被ると予測される損害額を考慮に入れるべきことは当然である。しかし、考慮すべき要素を右損害額のみに限るのは相当でなく、担保の額は、右損害額のほか、不当訴訟となる蓋然性の程度、悪意の態様・程度、悪意を認定された請求が当該訴え全体の中で占める位置、責任を問われている被告の数等、当該訴えの提起に関する諸般の事情を総合的に考慮した上、裁判所の裁量により決定することができると解すべきである。したがって、担保の額を、機械的に請求額の一定割合としたり、常に被告が被るべき損害額の全額を担保できる額としたりすることは、相当ではない。
2 本件における担保の額
本件において悪意を認定することができる請求は、各被告いずれにとっても自己が被告となっている複数の請求の一部にすぎないが、その請求額や各被告に対する訴え全体の中で占める位置等からみて、担保提供の上で無視してよいほどのものとはいえない。もっとも、複数の請求の一部にすぎないことから、弁護士報酬を始めとする応訴の費用・負担は、悪意を認定することができる請求のみが提訴の対象となっている場合と比較して軽く評価されることにはなる(各被告に対する訴え全体の中で占める割合が低いほど、担保の額も低く定めるべきである)。
以上のような観点から、本件においては、主文記載のとおりの担保の提供を命じるのが相当である。なお、被告齋藤洋に対する訴状第四の五記載の各事実関係、被告田村、同渡辺、同小関に対する訴状第四の五の1(二)、2の各事実関係は、それぞれ複数の請求を含むが、悪意の態様の共通性等から、それぞれ一個の担保とすることが相当である。
(裁判長裁判官金築誠志 裁判官深山卓也 裁判官伊東顕)
別紙被告の略歴表<省略>
別紙
請求の趣旨
一 被告小谷光浩、同安田正幸、同森田曉、同齋藤洋、同奥村正巳、同吉野幸男、同増田利男、同春日俊六、同石塚昭二郎、同末永貞二、同北野堅、同春日登、同高橋信亮、同戸塚武、同羽賀國人、並びに同酒井安正は連帯して、蛇の目ミシン工業株式会社(本店所在地東京都中央区京橋三丁目一番一号)に対して、金一五二〇億円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告岡田英夫、同関浩一、同白子繁、同秋葉晋、同加藤澄一、同齊藤展世、同村上一宇、同田村信義、同渡邉晧一、同小関信昭、並びに同岩谷忠也は、前項記載の被告と連帯して、蛇の目ミシン工業株式会社に対し、金七一五億円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
三 被告濵嶋健三は、前項及び第一項記載の被告と連帯して、蛇の目ミシン工業株式会社に対し、金五七五億円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告相場信夫は第一項及び第二項記載の被告らと連帯して、蛇の目ミシン工業株式会社に対し、金一四〇億円およびこれに対する本訴状送達の日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
請求の原因
第一 はじめに
一 本件は、被告小谷光浩の主宰する光進グループや被告安田正幸の主宰するナナトミなどの仕手グループに非銀行金融機関(ノンバンク)などを通じて巨額の金銭を融資・提供していた株式会社埼玉銀行(平成三年四月株式会社協和銀行と合併し、株式会社協和埼玉銀行となり、平成四年四月九日から株式会社あさひ銀行と商号変更。以下埼玉銀行という)が、訴外蛇の目ミシン工業株式会社(以下蛇の目ミシン、もしくは会社という)に「株式対策」と称して役員を派遣し、小谷ら仕手グループの利益のために会社資産を提供し、小谷ら仕手グループの崩壊の後は、小谷らの債務をすべて肩代わりし、銀行の利益を会社の利益に優先させて会社資産を銀行の債権回収にあて、会社に巨額の損害を与えた一連の事態について、埼玉銀行から派遣された会社取締役と、それに加担し、もしくは漫然と会社資産の減少を放置し続けた会社取締役・監査役の責任を追及するものである。
二 原告は、本年七月七日、商法二六七条一項、同二七五条ノ四に基づき会社監査役に対し、被告らの責任を追及する訴提起の請求をなしたが、右監査役は今日に至る迄何らの法的手段も取らない。そこで、原告が同法二六七条三項に基づき、会社を代表して本訴を提起するものである。
第二 当事者
一 訴外会社は、ミシン・裁縫用品類および服飾品類の製造ならびに販売等を主たる目的とする株式会社(東京証券取引所市場第一部上場)であり、大正一〇年創業以来、日本のミシン工業の先駆企業として、家庭用ミシンにおいては、日本一の生産・販売実績を誇る会社である。
二 原告は、会社の株式を昭和六二年以来所有する会社の株主である。尚、原告は、昭和三二年会社に雇用され、昭和五四年同社貿易部次長を経て、昭和六二年同社営業第三部長兼同社取締役となり、平成元年六月同社を退職した同社元役員・従業員でもある。
三 被告らは、会社の取締役・監査役もしくはこれらの職にあったものであるが、その略歴は、別紙被告略歴記載の通りである。
第三 事件の背景
一 被告小谷光弘は、同人が発行済株式の全株式を所有する株式会社光進(以下光進という、旧商号コーリン産業株式会社)の代表取締役であり、同人個人、同社およびその子会社等いわゆる光進グループの代表として昭和五〇年代以降仕手グループとして株式市場に登場、アマノ・協栄産業・飛島建設・養命酒製造・国際航業・藤田観光・小糸製作所・岩崎電気・東洋酸素・エスビー食品・クラレ・パイロット等多数の銘柄を買い占め、相場を操縦し、高値で売り抜け又は買い占めた株式を発行会社に肩代わりさせるなどいわゆるグリーンメイラーとして著名であったが、平成二年七月一九日証券取引法違反容疑(藤田観光株価操縦事件)で東京地検特捜部により逮捕され、平成三年三月蛇の目恐喝容疑で東京地検特捜部により再逮捕・提起され公判中の者である。同被告は、光進の一〇〇パーセント子会社である株式会社ケー・エス・ジー(以下ケー・エス・ジーという、旧商号コーリン商事株式会社)を設立し、ゴルフ場(東相模ゴルフクラブ)を経営する一方これを光進グループの資金の受け皿として、光進グループ全体で株の買い占めや不動産「地上げ」などを行っていた。
二 被告小谷の光進グループは、蛇の目ミシンが資本金(七六億二三〇〇万円)に比し、多大の含み資産(バブル経済最盛時は四千億円とも五千億円ともいわれた)を有していることに目をつけ、株式会社ナナトミ(以下ナナトミという)を経営する被告安田正幸を盟友として昭和六一年二月頃から蛇の目株の買い占めを開始し、昭和六二年四月頃には、両グループで合計約六〇〇〇万株(被告小谷および光進で約三六〇〇万株、被告安田およびナナトミで約二四〇〇万株)と、蛇の目ミシンの発行済株式総数一億五二四六万株の39.35パーセントに達し、同社のメインバンクである埼玉銀行グループが保有する同社株式約五二〇〇万株を上回るまでに至った。被告小谷は、これらの株式買い占め費用を光進が直接借入れ、あるいはケー・エス・ジーが借入れこれを光進に貸し付けるなどの方法で賄っており、殊に地産グループの株式会社信楽ファイナンス(後にミヒロファイナンス株式会社と商号変更、以下ミヒロという)からの借入れは金九六六億円にものぼっていた。被告小谷は、これらの持株を背景に、蛇の目ミシン経営への参加を要求し、昭和六二年六月に同社の取締役に就任した。
三 埼玉銀行は、光進グループにミヒロ等の地産グループや同行のノンバンク東亜ファイナンス株式会社(以下東亜ファイナンスという)を通じて巨額の資金を提供していたが、被告小谷らの株式買い占め問題に対処するためと称し、昭和六一年六月に被告齋藤洋を代表取締役副社長として、昭和六二年六月被告春日俊六を常務取締役として、昭和六三年六月に被告森田曉を代表取締役社長として会社に送り込んだ。蛇の目ミシンは、従来殆ど無借金で順調に経営が推移してきた経緯もあり、さらにこの種の買い占め等の事態を経験したこともなく、又内部にこの種問題の専門家がいなかったため、永年に亙り同社に役員を派遣し、蛇の目ミシンの経営に深く関与してきた同社主力銀行の埼玉銀行に助言を求めた。
四 ところで、上場会社が仕手筋又は相場操縦者によって株式を買い占められ、高値での買い取りを求められるということいわゆる「グリーンメイル」は過去にも少なからずその事例はあった。しかしながら、これに対処するには、基本的に会社としてはそれを断れば済むことであり、グリーンメイラーが脅迫等犯罪行為に及んだ場合は、これを録音する等証拠の保全し、司法当局に告訴するなどすれば、容易に撃退可能なものである。もし、発行会社が買い取りに応ずればグリーンメイラーの目的を実現させて不法な利益をこれに得させしめ、その反面会社の資産を費消し、その結果会社及び株主に損害を加えることになるのみならず、一度不法な要求に応ずることにより、株を買い占めた人間が次々と不当な要求を重ねてくることは見やすい道理である。
五 それ故、埼玉銀行は右のような当然の道理を蛇の目ミシンの役員に助言すべきであった。ところが、同行は、被告小谷から株の買い取りに応じなければ住友銀行グループに買い取らせると恫喝されるや、冷静かつ公平な判断を行わず、自己の支配下にあった会社をなんとか自行の傘下にとどめるべく、会社の利益よりも自行の利益を優先して、被告小谷の要求に応じるべきことを蛇の目ミシンに助言し、埼玉銀行から派遣された会社役員はこの方針を忠実に実行し、会社生え抜きのその他役員はこれに無批判に追随した。この誤った方針が初発原因となり蛇の目ミシンは史上前例のない金融犯罪の被害者となった。
六 すなわち昭和六三年一二月中旬、埼玉銀行の常務取締役であった佐藤俊夫が銀行を代表して被告小谷が要求する二千万株のうち一千万株を一株当たり三、五〇〇円、総額三五〇億円で同行及び会社の関連会社ジェー・シー・エルで買い取り、残り一千万株を担保として同行のノンバンクである東亜ファイナンスが二五〇億円を融資することを蛇の目ミシンに提案した。そして、昭和六三年二月から翌年一月にかけて右の提案が実行され、被告小谷は蛇の目株売却により約一五二億円の売買益を得ると共に二五〇億円の融資を受けることができた。以後、被告小谷は会社に対し、様々な不当な要求を行い、会社は易々とそれに応じ、前述の通り平成二年七月被告小谷の逮捕をきっかけとする光進グループの瓦解により同グループおよびナナトミに関連して、総額二三五五億円もの巨額債務を負うこととなった。
第四 会社の巨額の債務負担と被告らの責任
一 被告小谷による三〇〇億円の恐喝被害
1 被告小谷は蛇の目その他株の買い占めをほとんどすべて借入金で行っており、平成元年六月末の借入金総額は二三九二億円に達し、資金繰りは益々苦境に陥っていた。この頃被告小谷は、買い占めていた蛇の目株一七四〇万株および国際航業株九二五万株を担保として光進名義でミヒロから借り入れていた前記の九六六億円につき、地産グループ竹井博友から強く返済を迫られる様になった。被告小谷は様々な方策を用いて右蛇の目株一七四〇万株を蛇の目ミシン又は埼玉銀行に高値で買い取らせようとした。被告小谷は平成元年六月末自らを蛇の目ミシンの役員に再任させた。平成元年七月末被告小谷は被告森田から「貴殿所有の蛇の目ミシン工業(株)一千七百四十万株のファイナンスあるいは買い取りにつき、蛇の目ミシン工業(株)が責任を持って行います」旨の被告小谷宛被告森田作成名義の念書(以下森田念書ともいう)を書かせることに成功した。その後、右念書を材料に、被告小谷は、「光進等の名義で保有する蛇の目ミシン株式を念書付きで暴力団に売却したが、これを取り消すには三〇〇億円必要だ」等と申し付け、蛇の目ミシンを脅迫した。
2 これに対し被告森田暁(当時代表取締役社長)、同斎藤洋(当時代表取締役副社長)、同春日俊六、同奥村正巳、同吉野幸男、同増田利男、同末永貞二、同石塚昭二郎、同安田正幸の九名の役付取締役は、平成元年八月六日、暴力団への蛇の目株の譲渡を取り消してもらうために暴力団に対する「落とし前」として被告小谷に三〇〇億円を交付することを決定し、埼玉銀行首脳と協議の上融資の外観をとって、埼玉銀行のノンバンクである株式会社首都圏リース(現株式会社あさひ銀リース、以下首都圏リースという)から同じく同行の関連会社であるジェー・シー・エルに三〇〇億円を貸し出し、ジェー・シー・エルから前記ナナトミを経由して同年八月一〇日および一一日の二回に分けて、光進にこれを交付した。その際、首都圏リースとジエー・シー・エルとの間の右融資につき、蛇の目ミシンが保証人となると共に蛇の目ミシンが本社ビルの敷地建物に抵当権を設定した。被告北野堅、同春日登、同高橋信亮、同戸塚武の各平取締役は前記役付取締役と共にこれら保証および担保設定の決議に加わった。その後前述の通り光進グループが破綻した後、蛇の目ミシンは平成三年にジェー・シー・エルの首都圏リースに対する右債務を自ら引き受け、以上の結果、会社には最終的に右三〇〇億円の損害が生じた。
3 蛇の目ミシンによる右債務保証・担保提供行為は次のような理由から取締役としての善良なる管理者の注意義務(善管注意義務)又は忠実義務に違反したものというべきである。
第一に被告小谷は蛇の目株を既に暴力団に譲渡し、これをキャンセルするには三〇〇億円必要であると言ったが、何株をいくらで売ったのか等の具体的なことは全く不明であった。そもそも総額一〇〇〇億円にものぼるという巨額の蛇の目株買い取り資金を出せる暴力団がいるかは大きな疑問であり、仮にいたとしてもそう簡単に取引が成立するとは考えられない。又それまでの被告小谷の言動から冷静に判断すれば被告小谷の単なる作り話にすぎない可能性が高かった。それにもかかわらず、被告らはなんらの調査をすることなく盲目的に被告小谷の言を信用してしまった。キャンセル料が三〇〇億円というのも法外な金額であり、この金額は蛇の目ミシンの年間税引前利益の約一五倍に相当する。かかる支払いは株が単に暴力団に渡るかもしれないという抽象的な可能性だけで到底正当化できるものではないし、また株主が到底承服できるものではない。
第二に、被告らは本件を警察に届け出ることを意図的に避けていた。これは極秘に三〇〇億円もの金を暴力団に落とし前として渡すということの社会的意味と違法性を認識していた証拠である。被告小谷の言葉が怖かったというのであればテープに録音し、警察に通報することで対処することが出来た。
第三に被告らは、会社に顧問弁護士がいるにもかかわらず、何ら助言を求めることもしなかった。
第四に、そもそも正常な取引社会において、右森田念書のようなメモがそのまま通用することはあり得ないというべきである。
要するに右被告らの一連の行為は、実態のない幻想に怯えてなしたものであり、それ自体善管注意義務違反である。又、右債務負担行為が会社の損失において、被告小谷の利益をはかるものであることから、もとよりそもそも忠実義務に違反することは明白である。
4 被告小谷は会社の取締役であるにもかかわらず、自己の利益のため、他の会社取締役を脅迫して、蛇の目ミシンに回収不能な多額の債務を負担せしめた点で法令違反・忠実義務違反は明らかである。
5 当時常勤監査役であった被告羽賀國人、同酒井安正の両名は、右の違法行為に関し、何ら監督・是正の措置を取らず、これを漫然と放置したが、右は監査役として、善管注意義務に違反するものであることは明白である。
6 よって、本件恐喝事件に関連して、被告小谷および被告森田外前記一二名の取締役および前記二名の常勤監査役合計一六名は、商法二五四条三項、民法六四四条、商法二五四条ノ三、同二六六条一項五号、同二八〇条一項、民法六四四条、商法二七七条、同二七八条に基づき、会社に対して生じた損害金三〇〇億円を連帯して賠償する責任がある。
二 光進のミヒロに対する債務の肩代わり
1 被告小谷は右三〇〇億円取得た後、ミヒロに対する光進の九六六億円の債務の肩代わりを埼玉銀行及び蛇の目ミシンに要求し続けた。前記の如く、埼玉銀行は基本的に被告小谷から株式を買い取る方法で事件の解決を図る方針であったことから、これを積極的に検討したが、右九六六億円のうち蛇の目ミシン株一七四〇万株が担保とされていたのは五〇〇億円であって、その余については国際航業株九二五万株が担保とされていたことから、銀行としては蛇の目一七四〇万株、金額にして五〇〇億円の買い取りが限度であった。しかし、被告小谷は九六六億円全額の肩代わりを主張して譲らず、結局、蛇の目の負担において蛇の目株一七四〇万株を担保にして六〇〇億円を肩代わりすることを決定し、平成元年九月二九日ジェー・シー・エル及び蛇の目不動産株式会社が各三〇〇億円の債務を引き受けた。被告小谷がミヒロに担保に入れていた蛇の目の株は、両会社に名義変更された。平成二年三月に至り、この六〇〇億円の債務はジェー・シー・エルの債務として一本化され、その後ジェー・シー・エルは平成三年一二月二六日特別清算の申立を行い、その過程で、平成四年一月一六日蛇の目ミシンはミヒロとの裁判上の和解で、ジェー・シー・エルの右債務六〇〇億円およびニューホームクレジットに対する三六六億円の債務合計金九六六億円を引き継ぐと共に、減額を受け、和解金として三四〇億円の支払いを余儀なくされた。
2 ところで、右特別清算の際のジェー・シー・エルおよびニューホームクレジットからの債務引受は、何ら法的義務も経済的必然性もないものであり、会社の利益を害することは明らかである。右肩代わりの決定は、実質的には前記恐喝にかかる三〇〇億円を交付する前平成元年七月三〇日、蛇の目ミシン本社において会社の常務以上の取締役全員一致で行われた。そして、平成四年一月一六日の債務引き受けの事件では、当時のすべての取締役が右決定に加わった。それ故、被告小谷光浩、同安田正幸、同森田曉、同齋藤洋、同奥村正巳、同吉野幸男、同増田利男、同春日俊六、同石塚昭二郎、同末永貞二、同北野堅、同春日登、同高橋信亮、同戸塚武、同濵嶋健三、同岡田英夫、同関浩一、同白子繁、同秋葉晋、同加藤澄一、同齊藤展世、同村上一宇、同田村信義、同渡邉晧一、及び同小関信昭、以上合計二三名の取締役は、取締役の忠実義務ないし善管注意義務に反するものとして、商法二五四条ノ三、同二五四条三項、民法六四四条、同二六六条一項に基づき、また監査義務を尽くさなかった監査役被告羽賀國人、同岩谷忠也、同高橋亮は監査役の善管注意義務に違反するものとして、商法二八〇条一項、民法六四四条に基づき、商法二七七条、同二七八条により連帯して会社に対し金三四〇億円の損害賠償をする責任がある。
三 東亜ファイナンスに対する担保提供
1 東亜ファイナンスの被告小谷に対する融資
被告小谷は、昭和六三年一〇月頃から、被告齋藤洋および被告森田ならびに埼玉銀行に対し、被告小谷ら光進グループが所有する蛇の目株の一部を埼玉銀行において買い取るよう要求していた。しかし、埼玉銀行がこれに応じなかったため、同年一二月、被告齋藤洋および被告森田とともに埼玉銀行を訪問し、蛇の目株二〇〇〇万株を担保に埼玉銀行から六〇〇億円の融資を受けることを申し込み、同行がこれに応じない時は、光進グループが所有する蛇の目株を住友銀行グループに譲渡する旨通告した。
埼玉銀行は、蛇の目株が住友銀行グループに譲渡され、その結果蛇の目ミシンに対するメインバンクとしての地位が脅かされることを恐れ、被告小谷の右要求に基本的に応じることとした。そして同年一二月、被告小谷との間で、当該二〇〇〇万株のうち一〇〇〇万株をジェー・シー・エルが代金三五〇億円で買い取り、また埼玉銀行のノンバンクである東亜ファイナンス株式会社(本店東京都北区赤羽二―四―一四)が、残りの一〇〇〇万株を担保として光進に対し二五〇億円を貸し付ける旨合意し、右合意は同年一二月から翌平成元年一月にかけて実行された。
2 ニューホームクレジットの債務引受及び蛇の目不動産の担保提供
平成二年六月一四日、被告小谷と蛇の目ミシンとの間で、同社の関連会社であるニューホームクレジット株式会社(以下「ニューホームクレジット」という)が、ケー・エス・ジーないし光進の東亜ファイナンスに対する右二五〇億円の債務(前記1の東亜ファイナンスの光進に対する二五〇億円の貸金)を引き受けることが合意された。そして、さらに、ニューホーム・クレジットが、ケー・エス・ジーに対し同額の貸金債権を持つこととされたのである。
ところで、
(一) そもそもニューホームクレジットは、平成元年に資本金一億円で設立された会社であり、見るべき資産を保有せず、かつその経営の実体からすればとうてい二五〇億円もの巨額の債務を肩代わりし返済する能力はなかった。
(二) また東亜ファイナンスのケー・エス・ジーに対する貸付は、同社を経由して光進及び小谷らの手に入り、株買占め資金としてミヒロ等から融資を受けていた借入金の返済に当てられるものであり、ケー・エス・ジー及び光進の当時の経営状態からすれば、東亜ファイナンスがその回収を行うことは不可能であった。当時、小谷の証券取引法違反による逮捕の可能性が取り沙汰されていた状況であり、同人の逮捕→光進及びケー・エス・ジーの経営破綻→巨額の貸倒発生が迫っていた。
埼玉銀行としては、同行のグループ企業である東亜ファイナンス(実質的には同行)が、巨額の資金を仕手筋に提供していたことが露見することを避ける必要性に迫られていたものと考えられ、ために、債権の付け替えを行ったものである。即ち、「東亜ファイナンス→ケー・エス・ジーに対する債権」を、「東亜ファイナンス→ニューホーム・クレジットに対する債権」とし、ニューホーム・クレジットがケー・エス・ジーに対し同額の債権を保有する形式を整えたのである。
(三) しかしながら、ニューホームクレジットとしては、右のような肩代わりを行っても、ケー・エス・ジー(及び光進から)債権を取り立てて回収できる見込みはなく、右のような肩代わりを行うべき何の法的義務及び経済的必然性がなかった。しかも、前述のとおり、同社の資力からして、とうてい、二五〇億円もの借金の返済能力がないことも明らかであった。
したがってこのような債務引受に対し、物的保証を行うことは、蛇の目不動産ひいてはその一〇〇パーセント株主である蛇の目ミシンが、二五〇億円の債務の弁済を迫られることになり、右同額の損害を被るものであることは、当初より明らかであった。
3 右行為についての責任
右のニューホームクレジットによる債務引受及び蛇の目不動産による物的担保の提供は、専ら被告小谷ら光進グループの利益を図り、かつ、埼玉銀行、即ち東亜ファイナンスの債権回収の利益を優先し、会社に損害を被らせるものであった。したがって、これに関与し、またはこれを是認した蛇の目ミシン取締役の被告小谷光浩、同安田正幸、同森田曉、同齋藤洋、同奥村正巳、同吉野幸男、同増田利男、同春日俊六、同石塚昭二郎、同末永貞二、同北野堅、同春日登、同高橋信亮、及び同戸塚武らの行為は、会社に対する忠実義務及び善管注意義務に反するものであり、商法二五四条三項、民法六四四条、商法二五四条ノ三、及び二六六条一項五号に違反するものである。
したがって、右行為による二五〇億円の損害については、右の被告らは、会社に対し連帯して損害を賠償する責任を負うべきものである。
さらに、監査役の被告羽賀國人及び被告酒井安正らは、監査是正の措置を取らなかったことにより、右同額の損害を会社に対し与えたものであるから、商法二八〇条一項、民法六四四条に基づき会社に対し連帯して損害の賠償を行うべきものである。
またさらに、右取締役及び監査役は、商法二七七条及び二七八条に基づき会社に対し連帯して損害賠償を行うべきものである。
四 ジャパン・エル・シー・ファイナンス(日本リース)に対する担保提供
1 被告小谷の日本リースに対する債務の肩代わり
被告小谷は、ケー・エス・ジーを経由して、日本リース系のジャパン・エル・シー・ファイナンスから、株の買い占め資金に用いるために、三九〇億円にのぼる借り入れを行っていたものであるが、平成二年六月一四日、埼玉銀行及び蛇の目ミシンの関連会社であるジェー・シー・エルが、小谷の右三九〇億円の債務を肩代わりし、同社のジャパン・エル・シー・ファイナンスに対する債務の担保として蛇の目ミシンはその小金井第二工場の土地建物を提供した(抵当権を設定した)。
即ち、「ジャパン・エル・シー・ファイナンス→ケー・エス・ジーに対する三九〇億円の債権」を、「ジャパン・エル・シー・ファイナンス→ジェー・シー・エルに対する三九〇億円の債権」に付け替えし、ジェー・シー・エルがケー・エス・ジーに対し同額の債権を有する形式を整えたものである。
2 しかしながら、右の債権債務の付け替えは、前記三と同様に、ジェー・シー・エルにとって、ケー・エス・ジー(及び光進)から債権を取り立てて回収できる見込みはなく、右のような肩代わりを行うべき何の法的義務及び経済的必然性もなかった。
しかも、同社の資力からしても、とうてい、三九〇億円もの借金の返済能力がなかったことも明らかであった。したがって、このような債務引受に対し、物的担保を提供することは、直ちに蛇の目ミシンが、右の三九〇億円にのぼる債務の弁済を迫られることを意味し、右同額の損害を被るものであることが明らかであった。
3 さらに蛇の目ミシンは、ジェー・シー・エルが平成三年一二月に特別清算を行うに当って、同社のジャパン・エル・シー・ファイナンスに対する右三九〇億円にのぼる債務を引き受け、小金井第二工場を売却処分してその弁済に充てたものである。
この売却処分などの結果、蛇の目ミシンは二三五億円の損害を被るに至ったものである。
4 右行為の有責取締役及び監査役
右のジェー・シー・エルによる債務引受及び蛇の目ミシンによる物的担保の提供は、専ら被告小谷及び光進グループの利益を図り、かつ、ケー・エス・ジーを経由して小谷に対し株買い占め資金を融資していたジャパン・エル・シー・ファイナンスの債権回収の利益を優先し、会社に損害を被らせるものであった。
したがって、これに関与し、またはこれを是認した蛇の目ミシン取締役の被告小谷光浩、同安田正幸、同森田曉、同齋藤洋、同奥村正巳、同吉野幸男、同増田利男、同春日俊六、同石塚昭二郎、同末永貞二、同北野堅、同春日登、同高橋信亮、同戸塚武、同濵嶋健三、同岡田英夫、同関浩一、同白子繁、同秋葉晋、同加藤澄一、同齊藤展世、同村上一宇、同田村信義、同渡邉晧一、及び同小関信昭らの行為は、会社に対する忠実義務及び善管注意義務に反するものであり、商法二五四条三項、民法六四四条、商法二五四条ノ三、二六六条一項五号に基づき右違法行為による二三五億円の損害について連帯して会社に対し賠償する責任を負うべきものである。さらに、監査役の被告羽賀國人、同酒井安正、及び同岩谷忠也らは、監査是正の措置を取らなかったことにより、右同額の損害を会社に対し与えたものであるから、商法二八〇条、民法六四四条、商法二七七条及び二七八条に基づき、前記取締役と連帯して会社に対し損害の賠償を行うべきものである。
五 その他
1 蛇の目ミシンは、前記二乃至四の他にも、次のように、被告小谷や光進及びケー・エス・ジーなどの債務の肩代わりを行った。即ち、
(一) 平成二年五月二五日、ケー・エス・ジーが埼玉銀行より金七〇億円を、及び、三井信託銀行株式会社より金五〇億円の融資をそれぞれ受けるに際し、自ら債務者としてこれを経由せしめ、また、同社の高尾工場の敷地建物を担保に提供し、
(二) さらに同年九月二八日、右ケー・エス・ジーが、室町ファイナンス(三井信託銀行系である)から金二〇億円、並びに、三信ファイナンス(三井信託銀行系ノンバンク)から金三〇億円の融資をそれぞれ受けるに際し、蛇の目ミシンが一九%を出資する株式会社ユーコム(以下ユーコムという)を介在させ、同社を経由してケー・エス・ジーに資金を提供した。そして、蛇の目ミシンは、右ユーコムの室町ファイナンス及び三信ファイナンスに対する各債務を保証し、また、前記同様に同社の高尾工場(土地建物)を担保として提供し、
(三) さらに、
(1) 平成二年二月二八日には、光進が地銀生保住宅ローンより金五〇億円の融資を受ける際、前記のユーコムを介在させたが、
(2) 同年六月一四日にも、同ローン会社よりケー・エス・ジーが金五〇億円の融資を受ける際にも同様に右ユーコムを介在させ、被告小谷に対し、ケー・エス・ジーを経由して、資金を提供した。
そして、蛇の目ミシンは、同ローン会社に対するユーコムの右の債務を保証した。
また、その後に蛇の目ミシンはユーコムの地銀生保住宅ローンに対する債務を引き受け、右(1)及び(2)に関して合計四五億円を支払った。
右のユーコムや蛇の目ミシンが肩代わりした小谷らの埼玉銀行や三井信託銀行などに対する債務は、いずれも、小谷が株買い占め資金を得る目的で借り入れたものである。右の肩代わりによって、小谷は、右の金融機関に対する借入金の返済を免れることになったが、蛇の目ミシンやユーコムは、小谷や光進グループから返済を受ける目途がなかった。即ち、蛇の目ミシンによる右の債務負担行為・保証行為及び担保提供行為は、直ちに、前記金額の各金融機関に対する蛇の目ミシン自身の債務負担を意味するものであった。
その結果として、またその後の被告小谷・光進グループの破綻により一層明らかになったように、蛇の目ミシンは、以上合計二一五億円の損害を被ることになったものである。
2 さらに、蛇の目ミシンは、平成二年一〇月一日及び同年一〇月三一日に、返済を受けるあてがなかったにもかかわらず、ニューホームクレジットを経由して、被告安田が代表取締役会長をしていたナナトミに各五〇億円および四〇億円の融資を実行したが、右資金はナナトミの倒産(平成三年一月に和議申請を行った)によりその多くが回収不能な状態に陥った。
3 最後に、蛇の目ミシンは、右ナナトミが平成二年六月一四日、地銀生保住宅ローンから金五〇億円を、三井リースから金四〇億円の融資をそれぞれ受けるに際し、前記ユーコムを介在させて、ナナトミへの資金提供を行った。蛇の目ミシンは、ユーコムの地銀生保住宅ローンに対する債務につき、保証を行い、あるいは、ユーコムに出資したうえ、同社に対し会社の不動産(=蛇の目ミシンの支店の土地・建物)を譲渡し、これを三井リースに対する担保に供するなどしたが、これらはいずれも、会社財産を危うくする背信的行為である。ナナトミに対する右の融資は、ナナトミの倒産により、多くの部分が回収不能となった。
4 以上1乃至3の債務負担合計金四五〇億円のうち約金五五億円程度が今日までに回収されたものと推定されるが、なお会社の被った損害額は、約三九五億円に及ぶものと考えられる。これらの行為に関与したすべての役員は、善管注意義務および忠実義務に違反し、会社に対し損害賠償の責任を負うべきことは言うまでもない。
5 右の1乃至3について、会社に対し損害賠償義務を負担する役員の範囲は、
(一) 前記1(一)について、
当時、取締役であった被告小谷光浩、同安田正幸、同森田曉、同奥村正巳、同吉野幸男、同増田利男、同春日俊六、同石塚昭二郎、同末永貞二、同北野堅、同春日登、同高橋信亮、及び同戸塚武であり、また当時監査役であった被告羽賀國人及び同酒井安正である。
(二) 前記1(二)について、
右(一)の取締役及び監査役に加えて、被告岡田英夫、同関浩一、同白子繁、同秋葉晋、同加藤澄一、同齊藤展世、同村上一宇の各取締役及び同相場信夫並びに監査役である被告岩谷忠也らが責任を負担するものである。
(三) 前記1(三)(1)及び(2)について
前記(一)と同様である。
(四) 前記2について
右(二)と同様である。
(五) 前記3について
前記(一)と同様の取締役及び監査役に責任がある。
第五 結語
一 前記第四の二乃至五記載の蛇の目ミシンの負担による債務の肩代わりは、株買い占め資金の返済を強く迫られていた被告小谷が、蛇の目ミシンに対し、昭和六三年一〇月頃から、何回となくまた強く要求していたところであったが、結局のところ、この被告小谷の要求を全て受け容れた結果となった。
即ち、蛇の目ミシンは、埼玉銀行から派遣された被告森田及び被告齋藤洋らの取締役を中心に、埼玉銀行と協議のうえ、被告小谷の要求を容れて光進グループの負担する債務を蛇の目ミシンの最終的負担で引き受け、それに必要な資金は、全て埼玉銀行が(その関係会社の名義で、もしくは、それを経由して)提供することが、取り決められ、それが実行された。
二 被告小谷に対し、光進やケー・エス・ジーを経由して、貸付金の形で提供された資金が、実際に返済される目途は、そもそも当初からなかった。
即ち、被告小谷や光進は、株式の投機的売買あるいは買い占めた株式の高値引き取りを迫って利益を上げることを主たる収入源にしていた仕手グループであり、かつ資金的に追いつめられていたことから、これに用いる資金を貸し付けた場合、早晩その回収に行き詰まることは明らかであった。
また、被告小谷が国際航業株の買い占めに深く関与していたことは、世間周知の事実であり、かつ、平成二年六月頃には、国際航業の元役員ら四名が、脱税及びインサイダー取引の容疑で逮捕されるなどの事態となり、被告小谷に対して司直の手が伸びることは時間の問題ともなっていた。そして、同人が逮捕されれば、元々経営基盤のない光進やケー・エス・ジーの経営が直ちに行き詰まることも明らかであり、光進やケー・エス・ジーに対する貸し倒れが生じることも十二分に予見し得た。
三 光進やケー・エス・ジーに対する貸付金の回収ができなければ、埼玉銀行及びその関連会社にとって、単に巨額の貸し倒れ損失が生じるというばかりでなく、同行の仕手筋に対する巨額の資金提供という反社会的事実が露見する結果になることは必至であった。
四 そのうえさらに、一応貸し付けの形態は取っているというものの三〇〇億円という説明のつかない金員を被告小谷に対し交付したことは、埼玉銀行、蛇の目ミシンの双方にとって対社会的に隠蔽しなければならない一大汚点であり、それ故いかなる形であれ、経済的にその回収を望んだ。
そこで、前記一、の基本方針に沿って、埼玉銀行および蛇の目経営陣は①被告小谷ら光進グループが保有する蛇の目株合計三七五〇万株を、一株当たり五〇〇〇円という高値で評価し、その価格で一年後ナナトミが買い受け安定株主工作を行うことにする②それまでの間、蛇の目ミシンの関係会社やナナトミなどを経由した貸付金の形で被告小谷及び光進グループに資金提供に応じる③その融資者に対する返済を行わせ、債務を肩代わりすることなどを画策しこれによって、万一被告小谷及び光進グループが行き詰まった場合でも、埼玉銀行の巨額の資金提供や前記の三〇〇億円の提供が、露見しないように目論んだ。
しかし、バブル経済の崩壊と共にこれらの目論みはもろくも破綻し、会社は光進グループ、ナナトミなどの債務をすべて負担し、巨額の損害を被った。
五 本訴は、この様な史上空前の企業不祥事に対し、それを主導した銀行の社会的責任と銀行から派遣された役員およびこれに漫然と追従し、会社に巨額の損害を与えた会社役員の商法上の責任を問うものである。複雑難関な部分のある事案であるが、裁判所においては迅速審理の上、厳正な判断を下されたい。